ボブ・ディランはノーベル賞を拒否(辞退)するだろうね 彼の反戦歌や人権の詩は文学ではないから

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朝日新聞の情報によれば、日本時間14日(金)0時(現地時間13日午後5時)になっても、ディランとの連絡は取れていない。

おそらく、彼はノーベル文学賞を辞退するだろう。

ボブ・ディランは1941年生まれのシンガーソングライター。過去にはグラミー賞やアカデミー賞も受賞している。

1962年のアルバム「ボブディラン」でデビューし、その後、公民権運動が高まりを見せるアメリカにおいて、「フォークの貴公子」としての支持を集め始める。

1964年にアルバム「時代は変わる」をリリースするが、世間の自分に対する反既存政権、強権主義へのデモクラシー的象徴のイメージに対して、本人は嫌悪感を抱いている。

Not One More Dead banner of Vietnam Veterans for Peace

確かに、ディランは自分の思うさまを詩に変えて詠っているが、世間に対して「こうするべきだ」「この考え方は間違っている」とは、ちっとも思っていない。

どちらかと言えば、ひょうひょうと、ありのままになるのが世の中というものだ。とでも考えているのだろう。

同アルバムに収録されたいる「ハッテイ・キャロルの寂しい死-THE LONESOME DEATH OF HATTIE CARROLL
」の歌詞は、

「ウイリアム・ザンジンガーは哀れなハッテイ・キャロルを殺した。」から始まる。

ウイリアムザンジンガーは、大農場の白人の若い息子、24歳。ハッテイ・キャロルは、51歳で、キッチンのメイドをしている黒人。

頼んだ酒を持ってくるのが遅いという理由で、ハッテイ・キャロルはステッキで殴られ殺された。

そして、彼は当時の公平な裁判の元、6カ月の実刑を言い渡される。たった6ヶ月・・

ハッテイ・キャロルは実在した人物。ディランは、これが公平な人間という社会かと伝えているのだろう。

結果は白人の優位が揺るがない判決であるとは感じるが、誰であっても、自分の存在は闘って勝ち取るべきだ。という印象を受ける。

同じくアルバムに収録されている「時代は変わる」では、

「さまよう人たちよ、集まれ ~ 時間が残っているのなら泳ぎ始めないと沈んでしまう。時代は変わっていくのだから」

「作家や批評家たちよ、目を見開け。即断をするな。ルーレットはまだ回り続けているのだから。時代は変わっていく。」

「上下議員たちよ。気を付けろ。入り口には傷ついた者たちが立ち往生している。ドアの前に立つな。入り口をふさぐな。時代は変わっている。」

「国中の父親、母親よ、自分の理解が及ばないことを批判するな。お前の息子や娘は、言う通りにはならない。若い者たちの邪魔をするな。時代は変わっているのだから」

「スタートの合図がなって誰かの災いが飛び出した。今一番の奴がいずれビリになるだろう。時代は変わっているのだから」

この曲では、時間や現在のあるものは、目の前から次から次へと過ぎ去っている。同じことは続かないよ。ということを歌っているのだろう。

シンガーソングライターのボブ・ディランは、彼の心で感じて目で見たものをありのままに詩に託した。

極めて強い表現をした人、例えば、1992年のボブ・ディランのトリビュート・コンサートに参加したシンガー・シネイド・オコナーなどは、あからさまな反カトリック、反社会への行動をとった。

ヨハネパウロ2世の写真を破ったり、国歌斉唱を拒否したりとした活動を行い、全米中の反感を招いた。

歌を超えた活動を行う歌手は彼女以外にもたくさんいる。

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しかし

ボブ・ディランがなりたかったものは、公民権運動の主導者でも、反戦主義の象徴でもない。

ましてや、世界を代表する文学者としての権威でもない。

ただ、今をありのままに歌うシンガーソングライターだ。

米国では、オバマ大統領を始め、改めてボブ・ディランの偉大さが世界に証明されたことを喜んでいるようだが・・

でも、ディランは、文学者ではないからね。。受賞はしないだろうよ。

彼が最も嫌う権威になるから。

ノーベル賞辞退の可能性について、ボブ・ディランが未だ沈黙を続ける海外報道 

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コメント

  1. okkochaan より:

    いい記事ありがとうございます。参考になりました。