売血(ばいけつ)の時代 知ると怖い血液銀行のハナシ

なぜ

日本赤十字社だけが、献血事業をしているのか

知っていますか?

血を売ることが出来る・・・

今の20代以下の人たちは聞いたことがないと思いますが、

日本は昔、民間で血を売り買いしていた時代がありました

  売血(ばいけつ)と言われたものです

昭和30年(1955年)戦後間もない頃

血液銀行

ゆきたんの『片手で失礼します』今も残る看板 九州小郡(おごおり)

まず民間血液銀行とは何なのか?

民間血液銀行とは、血液を採集し、医療機関に売却して利益を得る

商業目的のために設立された民間会社です

血液を売ってお金を得たい人達と、

医療行為を行うために血液が必要な病院

との架け橋となった会社です

この血液銀行は、1936年のアメリカ・シカゴが発祥とされています

この時代、日本全国には、次々と血液銀行が生まれていきます

◇長崎血液銀行

◇九州血液銀行

◇東京血液銀行

四国を除いて全国各地に血液銀行が設立されました

また、民間商業血液銀行も設立されます

広島血液銀行(今のジェイ・エム・エス)

日本ブラッドバンク(厚生省出身の天下り官僚らにより経営の実権が握られた会社で、1986年薬害エイズ問題を引き起こしたミドリ十字社の前身。現在は田辺三菱製薬工場株式会社)

ニチヤク血液銀行(日本製薬)

富士臓器製薬(みらかホールディングス)

福岡血液銀行1940年創業の小倉薬局が設立した血液銀行で現在のアステム)

相互ブラッド・バンク(ビー・エム・エル)

化血研血液銀行(化学及血清療法研究所

厚生労働省への内部告発により、国の承認書と異なる方法で血液製剤を製造する法令違反が発覚。2016年現在、アステラスなどの製薬大手が事業譲渡を交渉している。)

など

複数の血液銀行が立ち上がりました

するとどうなったか・・・

  血を売れば金になるじゃないか!

そう考える人達がたくさん現れ始めました

戦後間もない昭和27年(1952年)、世の中は定職に付けない人達で溢れかえっていました

厚生労働省の「昭和30年労働経済の分析」によると

当時の国内総人口は約8500万人

完全失業率は、1.6%

失業率だけみると特異な数値に見えません

しかし、総理府統計局の資料では

完全失業者は昭和26年の41万人から昭和30年には、84万人と倍増

写真:共同通信社

集団就職 写真:共同通信社

映画「Always3丁目の夕日」のシーンで見られるように、昭和30年代の後半は高度経済成長の足音が聞こえてきた時代です

戦後、都市部の求人を補うために「金の卵」といわれた集団就職が始まったのが昭和29年

すると、

ちょうど日本に血液銀行が設立した時代と重なります

戦後の混乱期から高度経済成長期までの期間

この時代、当時の不況下で仕事にありつけない人達にとっては、自分の血を売って金を稼ぐ事は、一つの生きる手段でした

しかし、始めのうちは日雇労働と掛け持ちで生活していた人たちも

不況の影響で血を売るだけの生活に依存して行きます

そして、それら血を売ることを生活の糧としていた人たちが供給する血液がは

黄色い血問題 に発展していきます

極端な短い期間に血を売り続けた人は、赤血球の回復が追い付かないまま更に血を抜くために、血が赤色に戻らず黄色に見えるのです

その上、この血液は輸血しても効果がないばかりか、 輸血後に肝炎などの副作用も引き起こし社会問題化しました

赤十字の調査によると、1カ月間に70回以上 も売血した人がいたそうです

そして、事件が起こります。

img_Reischauer

Tojo Photo Studio

1961年米国ジョンFケネディー大統領の時代、16歳まで日本で育ったエドウィン・オールドファザー・ライシャワー氏(以下ライシャワー氏)が駐日アメリカ大使として赴任しました

ライシャワー氏は日本語が堪能で奥さんも日本人です

赴任3年後、1964年(昭和39年)にライシャワー氏が赤坂の大使館で暴漢に襲われます

ナイフで刺された傷は幸い致命傷ではなかったものの、刺された大腿部の傷口は2.8センチ、深さ10センチで出血量は3000ccを超えていました

そこで、使用されたのが問題の

「黄色い血」でした

手術は無事に成功したものの、輸血による血清肝炎を併発し、長い闘病生活を強いられることになります

そして、この事件を受け、日本政府は3カ月後に売血制度の廃止を閣議決定します

閣議決定「献血の推進について」(昭和39年8月21日)

『政府は、血液事業の現状にかんがみ、

可及的速やかに保存血液を献血により確保する体制を確立するため、

国及び地方公共団体による献血思想の普及と献血の組織化を図るとともに、

日本赤十字社または地方公共団体による献血受入れ体制の整備を推進するものとする。』

そして5年後、民間商業血液銀行は、買血による輸血用血液の供給を中止

更に、1974年(昭和49年)民間商業血液銀行が預血制度を廃止したことにより献血100%体制が確立

ここに売血の時代が終焉しました・・

このようにして、

1.売血の追放運動

2.民間血液銀行の廃止

3.閣議決定による赤十字血液センターの開設

と時代が移り変わり

現在の私たちは

赤十字血液センターで献血を行っているわけです・・・

以上

知ると怖い血液銀行のハナシでした

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