だからボブ・ディランはノーベル文学賞を辞退するディランの軌跡

ボブ・ディランはロバート・アレン・ジンママンである。

彼が、いつからロバート・アレン・ジンママンと名乗るようになったのかは不明だが、彼は1941年の5月24日、ミネソタ州のユダヤ人の家庭に生まれた。

1959年にヒビング・ハイスクールを卒業しミネアポリス大学に進学した頃、彼はコーヒーハウスで働き始めた。

なぜかは知らないが、この頃からジンママンはボブ・ディランと名乗り始めた。そして、大学を中退し、1961年ニューヨークに移り作曲を始めた。。。

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そして、その年、無名であったはずの青年は、コロンビアレコードのプロデューサーに見いだされ、翌年にはアルバムが発売された。

13曲が収録されたアルバムのタイトルは、「Bob Dylan」

翌年1962年~1963年にかけて収録された、次のアルバムが「The freewheelin Bob Dylan」

このアルバムの中に、あの曲 「風に吹かれて」が収録されている。

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すでにこのときから、ボブ・ディランの反体制、社会批判といったメッセージは多く見受けられる。

風に吹かれて以外にも、同アルバム内には、「Master’s of War=戦争の親玉」「Takin’World of warⅢ Blues 」といった、戦争と政府と世の中と、

ありとあらゆるものに対する空虚さ(例えばバカバカしさ)を彼は歌っている。

世の中を支配している人々や、戦争を利用してもうけている人、自分の保身のためだけに他人を利用する人。

そんな現実は知っているんだけど、あんたたちも皆同じ様に往っちまうんだよ。と。

例えば、こんな歌詞

やあ、戦争の親玉諸君。ひとつお尋ねします。

あんた達は、そんなにお金が好きなの?

いずれ気づくだろうけど、諸君の金は、君らの魂までは買い戻してはくれないよ。

1965年には「Like a Rolling Stone」をリリースする。

この頃、フォークの伝道師のようにあがめられたいたディランは、ロック史に残るライブを行う。

彼は、旧来の保守的なフォークファンから罵声を浴びつつ、エレキギターを抱えてステージに上がった。

彼ら古くからのフォークファンは、アコースティック演奏こそが純粋なフォークであるとし、

ディランの変化はいわば裏切りのように映った。

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1966年のワールドツアー、一人の客が「ユダ Judas!(裏切り者!)」と叫ぶ。

それに呼応するファンたちは拍手喝采しボルテージが上がる。

ディランは

「I Don’t Believe You、You’re Liar(嘘つきめ!)」

と言い放ち、

「Play it fuckin’ loud!(やかましくかきならせ!)」と叫ぶ。

そして「Like a Rolling Stone」を大音量で演奏した・・

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この頃、フォークは公民権運動と連動し社会性を帯びた音楽となっていた。

そのような風潮の中、ロックなんてものは世間を知らない若者たちが歌う低俗なラブソングだと見なされていた。

フォークの貴公子であるディランは、彼ら純粋なフォークファンからすれば変わって欲しくない偶像だった。

でも、歌詞の内容は相変わらず。

昔、着飾っていた派手な女、「ミス・ロンリー」が人生を転げ落ちていく。

彼はそんな女を冷めた目で見ながら、「今はどんな感じだい?」と繰り返し聞く。

ベトナム戦争真っただ中のアメリカを象徴するような、錆びた鉄のような歌詞だ。

その後の彼は、1973年の映画、「ビリーザキッド 21歳の生涯」のサウンドトラックを担当したり映画に出演したりした。

この時のアルバムには「天国への扉」が収録されている。

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そして、1980年にアルバム「SAVED セイヴド」をリリース。

この頃の彼は、熱心なキリスト教徒となり、ステージ上でも教えを普及していた。

このアルバムのジャケットは、キリストによって救われる信徒たちを描いているのだろう。ディランらしからぬゴスペルサウンドのアルバムに仕上がっている。

そして、1983年のアルバム「INFIDELS」がリリースされる。

前作までの宗教的表現が影を潜めディラン本来の歌詞世界が戻ったことでファンに歓迎された傑作の一枚。

ディランらしいハスキーな声に戻り、「Don’t Fall Apart On Me Tonight」のバラードで締めくくられる。

1992年には、全ての曲をアコースティックギターの弾き語りにしたり、90年後半にかけてのTIMEOUTOFMINDではロック、ブルースを歌いつつ古い曲調に戻ったりと、ディランの歌の幅には際限が見当たらない。

一様に見えてくること

それは、彼は何を考えているのか分からないし、哲学者を気取っているわけでもないということだ。

英語が分からない人間が聞いていても、彼はただ音楽を通してやりたいことをやっているだけなんだという気がする。

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ここまで、ボブ・ディランは、ノーベル文学賞なんて辞退するし、拒否するに決まっていると言ってきたけれども。。

そういう点では、「僕は権威なんてものは要らないし興味がないよ。だから辞退する」て言うのも、なんだか彼らしくない。

彼はミスター・タンバリンマンのように、歌の流れやリズムに合わせて踊っているだけだ。

出かける当てもないし、この際どうでもいいのが似合っている。

ロバート・アレン・ジンママンが、なぜか突然ボブ・ディランになったように。

ボブ・ディランのフリークたちは、彼がノーベル賞を受賞したことに、とても喜んでいるけれど、

「やっぱり要らないよっ」て言うのも素直に受け止めるのだろう。

それで、夜は祝杯をあげたりするんだろうね。

「やっぱりディランだ」って。

ノーベル賞辞退の可能性について、ボブ・ディランが未だ沈黙を続ける海外報道 

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