障害を持つ子が入れる保育園 野島千恵子園長と聖愛園を見て思ったこと

Childrens toy blocks inside a home

「障害を持つ子供」と「障害を持たない子供」

「障害を持つ子供」も「障害を持たない子供」も、同じ生活を送る保育所があります。

大阪市淡路にある「聖愛園」

園長は、野島千恵子さん。

この保育所を見ると、「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」という本を読んだときに感じた、障害というものの存在を改めて考えさせられます。

障害を持つ子供たちが、障害を持たない子供たちと共同で生活をする。

聖愛園は、なぜ困難に見える道を選んだのでしょうか。

聖愛園HPに設置されている、野島千恵子園長の「独り言コーナー」で、その経緯を伺い知ることが出来ます。

あわじ聖愛園の障害児共同保育は、40数年前に2名の自閉症児を受け入れることから始まりました。

当時のあわじ聖愛園は、障害児童の専門知識を持っていなかったためにその子の受け入れを断ったようです。

そして、その子の母親はこう言います。

教会の幼稚園なのに、どうして子供を入れてくれないのか

行き先のない、その母親の切実な訴えは、当時の園長の心を動かします。

写真素材 足成 礼拝堂

職員会議を何度も何度も開き、市との交渉を繰り返し、そして、最終的にその子を受け入れることを決断します。

おそらく、職員の皆さんにも大きな葛藤があったと思います。

問題も起こるでしょう。その責任も問われるでしょう。更に、既に入園している親御さんたちには、受け入れを理解されないかもしれません。

しかし、聖愛園は「障害を持つ子」を受け入れます。

その子の母親はこう言います。

「たとえ障害を持っていても、ひとりの人間として、尊厳を持って接して欲しい。」

そして、「障害を持つ子供」と「障害を持たない子供」との共同保育が始まります。

聖愛園では、子供たち自身の「生きる力」にその活路を見いだすのです。

聖愛園の「たてわり教育」

聖愛園では、「たてわり教育」を行っています。ここでは、幼児たちがお互いに力を合わせて生活をしています。

3才児は、親と別れて時々泣き、4才児は、下に妹や弟が出来てお兄さんお姉さんらしく振る舞います。

写真素材:足成

そして5才児は、泣いている児童に何とかしてあげようとこころみています。

この、子供同士がからまる大きなエネルギーこそが、生きる場所を作り出します。

野島千恵子園長はこう考えます。

障害を持つ人が社会に出るときに、「発達とは何か」という問題にぶつかる。

そして、障害者に近い人も、障害者と離れて生活をしている人も、「発達」とは「人としてどうあるべきか」の実践ではないかと。

まさに、この「たてわり教育」は、聖愛園で暮らす幼児たちの、「発達」を育てる実践の場になっています。

写真素材:足成 登山

聖愛園では、2泊の登山を行っています。5才児は「ユリさん」グループ。4才児は、「ひつじさん」グループ。3才児は、「いずみさん」グループです。

その登山では、子供たちを率いるリーダーは、なんと5才児の「ユリさん」たちです。

5才児同士が力を合わせて3才児と4才児をまとめるのです。そんな「ユリさん」たちを見て、下の子供たちは「自分たちもこうなりたい」と思うようになります。

このような自分自身のやる気を引き起こす人間同士の紡ぎあいは、大人の社会も子供の社会もなんら変わりがありません

聖愛園の子供たちはかかわり指標という評価基準において、「協調性」、「自己実現性」、「自己制御性」に対して、高い数値が現れるそうです。

これは、聖愛園の子供たちが、高い社会性を持っていることを意味します。

障害を持つ子供が、何に興味を持ってくれるのかを引き出し、輪の中に巻き込んでいく。

共通の目標の中に指導員も障害者も存在し、その目標を目指して子供たち同士がぎゅっと固まっていく。

そんな網の目のような育む力を育ててきた園長の成果が、この指標に現れているようです。

「障害を持つ子供」たちのその後

野島千恵子園長の取り組みは、「障害を持つ子供」たちのその後へとつながっていきます。

当時の障害児は40才を過ぎました。子供たちは大人になり社会の中で生き続けます。

共に生きる社会つくりのために、社会福祉法人とタイアップし、喫茶店やお菓子の店で働く場所を生み出しています。

写真素材:足成

40年前、自閉症の障害児を連れて聖愛園を訪れた母親の想い。

「同世代の子供たちにこの子をゆだね、いつか大人になり自立してほしい」

それが、

現実になり始めたようです。

「子供たちは泣くことがあたりまえ、障害児がいることがあたりまえ」

そう言い切れること、それが、野島千恵子園長と聖愛園の強さに感じられます。

「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」

「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」(会話のできない中学生がつづる内なる心)という本は、著者の東田直樹さんが2007年に13歳で書いた本です。

会話のできない重度の自閉症である彼は、本の中で自身をこう表現します。

「僕たちは、自分の体さえ思い通りにならなくて、じっとしていることも、言われた通りに動くこともできず、不良品のロボットを運転しているようなものです。」

僕たちを見かけだけで判断しないでください。どうして話せないのかは分かりませんが、僕たちは話さないのではなく、話せなくて困っているのです。自分の力だけではどうしようもないのです。」

自閉症で話が出来ない彼ですが、信じられないことにこの文章は彼自身がパソコンと文字盤を用いて入力したものです。

「どうしてぼくは、床に頭を打ち付けるのか」

「どうしてぼくは、顔の前で手のひらをひらひらとさせるのか」

「どうしてぼくは、飛び跳ねるのか」

誰も理解できなかった彼の内なる心の声を、自閉症の彼自身が、パソコンと文字盤でその理由を説明したのです。

他人の心

普段、私たちは自閉症の人を特異な目で見てしまいます。

「今は何を考えているのか」「何をしようとしているのか」外見からはそれを伺い知ることはできません。

私たちの目に映るのは、そんな彼や彼女らの少し変わった行動だけです。

しかし、その行動の裏付けには、障害をもたない人たちとまるで変わらない理由がありました。

他人の心は誰も見ることは出来ません。それは、「障害を持つ人」も「障害を持たない人」も同じこと。

全ての人たちは、お互いの心の内が分からないまま、社会生活を送っています。

だからこそ障害児童がいること」

それは、社会にとって、そして聖愛園にとって当たり前なのです。

淡路ー聖愛園officialwebsite

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