閉会式に隠されていた東京オリンピックへのリスペクト 

東京オリンピック 1964

1枚のポスター

1964東京オリンピック

躍動する6人の陸上競技選手。

これは、1964年第18回東京オリンピックのポスターのひとつ。

このオリンピックで作成されたポスターは、全部で4枚。その第2号が1961年2月に作られた上の写真です。

そして

リオオリンピック閉会式での日本の映像のひとコマ

リオ閉会式日本

この映像を見た瞬間

これは、1964年東京オリンピックへのリスペクトだ!と感じました。

TOKYOを背景に、スタートを切った瞬間の選手の躍動が、50年を超えて新たな映像美と力強さとなって動き出しています。

東京オリンピック大会は、1964年10月に行われました。

  • 名称:第18回オリンピック競技大会
  • 期間:1964年10月10日(土)~24日(土) 15日間
  • 開催:場所東京
  • 参加国:93の国と地域

この、第2号ポスター(9万枚作成)が発表されたのは、1962年5月25日。

ディレクターは村越襄、撮影は早崎治。

モデルは、リッカーの潮喬平選手(第16回メルボルン大会出場)

岡本政彰選手

東急の久保宣彦選手

立川空軍基地の元アメリカ陸上競技選手

この6人で、3月中旬の寒風吹き荒む国立競技場で午後6時から3時間、約80回もスタートをやり直して撮られた写真から選ばれた1枚。

撮影を担当した早崎 治(はやさき おさむ)氏は、日本を代表する写真家です。

1933年京都の生まれ。立命館大学経済学部を卒業。

この1964年東京オリンピックの一連のポスター(1962年、1963年:亀倉雄策と共同製作)が反響を呼び、イタリアで開催されたポスター展でもグランプリを獲得します。

その後、「早崎スタジオ」を設立し商業広告写真を中心に幅広く活躍しました。

1993年11月11日、取材中の「名立崩れ」(夕日の名所)にて転落事故により死去。60歳没。

Tokyo_1964_Summer_Olympics_logo_svg

制作を依頼された当初は、共同制作者の亀倉はこの第1号のポスターを凌駕するデザインポスターを作る自身がなかったそうです。

確かにこのポスターは、圧倒的なスケール感で見るものを魅了します。これほど、ここが東京のオリンピックであることを明確に主張するデザインは、他に類が無いと思います。

そこで、亀倉は、迫力のあるデザイン的感覚をもつ村越そして早崎に白羽の矢を立てます。そして、陸上競技場で80回にも及ぶ撮影を繰り返し、第2号の選手の躍動する写真が生まれました。

この写真は、選手が一斉にスタートを切っているように見えますが、実は選手はバラバラに配置されています。

選手が折り重なり、スタートを切った瞬間、時間が止まるほどのエネルギーの爆発が表現されているように感じます。

もし今、インターネットで検索しても、どの写真も粒子が荒れているのは、「迫力を出すため、この荒れを計算に入れてつくった」(亀倉記)からです。

そして、その迫力に勝るとも劣らない映像を日本は世界に発信しました。

1964年、世界を驚かせたポスターに匹敵する衝撃を、作り出したと感じます。

トーキョーショー

無題112

リオ閉会式日本

次のトーキョーショーも、1964の傑作を凌駕するアイデアが創造されると期待します。

NEXT TOKYO

第1号

第1号 写真:フォートキシモト

第2号

第2号 写真:フォートキシモト

第3号

第3号 写真:フォートキシモト モデル:早稲田大学 岩本光司

第4号

第4号 写真:フォートキシモト   モデル 順天堂大学 田中良明(走幅跳)

出典参考:日本オリンピック委員会、NHK、wiki

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